今月の法話



「愛、深き淵より」

 不慮の事故で、ただ一つ動かせる口に筆をくわえ絵と詩を描き続け、全国の人々に感動の渦を巻き起こした星野富弘さんという方をご紹介します。

 星野さんは昭和21年、群馬県の山あいの村、東村で7人兄弟の5番目としてこの世に生を受けられました。

 家は貧しく、幼い頃から両親が狭い段々畑を泥だらけになって這いまわる姿を見て、子供心に「いつかキットこの山を出て幸せをつかみたい」と夢見ていました。

 人一倍健康で体力も人並み以上のものがあった星野さんは、中学時代は陸上部、高校では体操部と山岳部に入り、将来は体育の先生になろうと群馬大学の教育学部に進まれ、卒業後は念願かなって高崎市立倉賀野中学に体育教師として赴任されるのです。

 ところが、そのわずか2ヵ月後、クラブ活動のマットの指導中、誤って頸髄を損傷し、首から下の運動機能をまったく失うという事故に見舞われるのです。

 その事故は余りにも重く、一命は取り止めたものの、その後手足の運動機能は決して回復する事はありませんでした。

 幼い頃から夢見ていた人生の第一歩がようやく踏み出されようとするその時に見舞われた不慮の事故は、二十四歳の星野さんには余りにも過酷な試練でした。

 人の手を借りなければ生きていけない自らの境遇を思う時、深い悲しみと絶望感で、いっそのこと死んでしまいたいと何度も思ったそうです。

 しかし、それを思い止まらせたのは、献身的な看病を続けてくれる母親を始め、兄弟、友人、担任の先生、看護婦さんたちの深い人間愛でした。

 その頃を振り返り、星野さんは次のように回顧しています。

 私が幼い頃夢見た「いつかきっと…」は出世や地位との出会いではありませんでした。

 自分の力だけで生きていると錯覚していた小さな私と、大きな愛との出会いでした。そしてそれは、何物にも代えられないすばらしい出会いだと思っています。

 こうして周りの人々の深い愛に支えられ、生きる意欲を取り戻した星野さんは、ある事がきっかけで、唯一つ動かせる口に筆をくわえ字を書くということを覚えるのです。

 字を書き始めた頃は、よだれで枕がびっしょり濡れ、一字書き終えるだけで力を使い果たし、吐き気と高熱が出るほどの厳しいもので、寝たきりの星野さんにとって、まことに困難な道のりでした。

 しかし、自分の力で字が書けるという喜びは何にもまして星野さんの生きる支えになり、その困難な道を一歩一歩乗り越え、ついには4ヶ月あまりで手紙を書けるまでに上達するのです。

 その時の事を星野さんは「苦しい時に踏み出す一歩は心細いものだけれども、その一歩の所に、クヨクヨしていた時には想像もつかなかった新しい世界が広がっている事がある。

 私の口の筆も、そのような一歩に似ていたと思う」と語っています。

 こうして生きる喜びを見出した星野さんは続いて、身近にある花を題材に絵を描きはじめるようになるのです。

 花は星野さんにとって、身近に接することのできる唯一の自然でした。

「毎日見つめているとその色や形の美しさに驚かされることばかりで、一枝の花とはいえ、広大な自然の風景を見る思いがした」と語っていますが、そうして描かれた星野さんの絵は、その感動が見事に表現された素晴らしい作品になっています。

 また、ほとんどの絵には、その花に託して星野さんの詩も添えられてあります。

 そんな星野さんの作品の一つに菜の花の絵があります。菜の花の先端の茎が折れてそこから花を咲かせている絵でありますが、その絵には次のような詩が添えられています。

「私の首のように茎が簡単に折れてしまった。しかし菜の花はそこから芽を出し花を咲かせた。私もこの花と同じ水を飲んでいる。同じ光を受けている。強い茎になろう」

 また、椿の絵には次のような詩が添えられています。

「木は自分で動き回る事が出来ない。神さまに与えられたその場所で精一杯に枝を張り、許された高さまで一生懸命伸びようとしている。そんな木を私は友達のように思っている」

 何度も絶望の淵に立たされながら、たくましく立ち上がっていかれた星野さんのすばらしい生命の輝きが伝わってきます。

 こうして次々と描かれた詩と絵は「星野富弘作品集」として世に出され、全国に感動の輪を広げ、これまで200回以上の展覧会が全国各地で行われてきました。星野さんのふるさと東村には富弘美術館が建てられ毎年10万人を越える拝観者が今も訪れています。また、その作品は小学校の教科書にも採りあげられ、多くの子供達に生きる勇気と希望を与え続けています。

 星野さんは、群馬大学病院での9年間の闘病生活の後、不治のまま退院され、素晴らしい女性と結婚され、今もふるさと東村で創作活動を続けていますが、来し方を振り返り次のように語っています。

「夜があるから朝がまぶしいように、失った時初めてその価値に気づくことがあります。何気なく動かしていた指、当たり前のように歩いた足…。しかし目に見えるものよりも、もっともっと大切なものがありました。もしかしたら、失うということと、与えられるということは、隣同士なのかも知れない」

 口の筆によって生きる事への希望を見出した星野さんですが、それを支えていたものにキリスト教への深い信仰がありました。降りかかる試練を乗り越えていく勇気と力を神の愛によって頂いたことを喜び、決して生きる事をあきらめず、試練さえも生きる力にしていった信仰の力の偉大さをあらためて教えられた思いがいたします。

 星野さんのこのたくましい生き方に深い感動を覚えると同時に、私にとってお念仏のみ教えが我が人生を支え続けて下さっている事に無上の喜びを覚えずにはおれませんでした。


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