「本当の思いやり」


 あるご門徒さんのお家にお参りに行った時のことです。

 床の間に、

 「優しく微笑む悪魔もいれば、烈しく叱咤する菩薩もいる」

と、書かれた軸が掛けられていました。

 聞けば、十河信二さんに書いてもらったとのことですが、大変仏教的な味わい深い言葉だと思いました。

 十河さんといえば、国鉄総裁として、当時まだまだ反対意見の多かった新幹線構想というものを打ち出し、さまざまな困難を乗り越えてその実現に導かれた方で、今も「新幹線生みの親」として多くの人々に語り継がれている郷土の大先輩です。

 そこで、改めて私たちの日暮らしを振り返ってみますと、どうでしょうか。

 多分、この言葉とは逆の日暮らし、

「優しく微笑む菩薩もいれば、激しく叱咤する悪魔もいる」

ということになっていないでしょうか。

 私たちは、ともすれば、優しく微笑む人を菩薩と思い、逆に、叱咤する人を鬼か悪魔のように思ってしまうのです。

 ところが、「優しく微笑む人」と「烈しく叱咤する人」、どちらが本当に私のことを心配しているかといえば、後者の方です。

 言いにくいことを言って嫌われたい人など一人もいないはずです。それをあえて言うということは、よくよく相手のことを考えていればこそだと思うのです。

 少し冷静に考えればすぐに分かることですが、私たちは我執(自分が一番可愛いという心)という色眼鏡をかけて何事も見てしまうために、中々そのことが見通せません。

 ところで、平安時代、源信僧都という名僧にまつわる次のような話があります。

 源信は、そのご生涯を比叡山でも最も奥深い横川にある恵心院というお堂で、多くの弟子達と仏道修行に勤められましたが、その恵心院でのことです。

 いつの頃からか、恵心院の境内地に野生の鹿がやってくるようになったのです。

 これも何かのご縁であろうと弟子達がその鹿に食べ物を与えるようになりました。

 そうなると、鹿たちも心得たもので、食べ物をもらえそうな時間になると、どこからともなく境内地に集まるようになったのです。

 そうした日がしばらく続いたある日のこと、いつものように鹿が集まり始めた頃、何を思ったか、源信が青竹を片手に、つかつかと鹿に近寄り、思いっ切りその鹿を叩いたのです。

 鹿はびっくりして山のほうへ逃げていきます。

 しかし、食べ物ほしさに鹿はまたやってきます。

 すると、源信はまた同じように青竹でもって鹿を叩いて追い散らすのです。

 それが毎日のことですから、鹿は中々境内地に寄り付けません。

 そんな有様を見ていた弟子達はとうとうたまりかねて源信に直訴するのです。

「お師匠さん、あんまりじゃありませんか。別段鹿は悪さをするのでもなく、ただ食べ物をもらいに来ているだけじゃないですか。
これではいかにも鹿が可愛そうです。
どうか鹿を打つのだけはおやめください。」

 弟子の苦言を聞いた源信は、おもむろに次のように答えたのです。

「なるほど、いかにもむごいことをすると思うであろうな。

 しかしナーこれが本当の慈悲というものではないのかな。

 もし、この比叡の山にわしとお前達だけが住んでいるのなら、わしもあの可愛い鹿たちに三度の食事を二度にしてでも与えてやりたいと思う。

 ところがお前達も知っているだろうが、この山にはあの鹿を捕まえようとわなを仕掛けたり、弓矢を携えて待ち伏せしている者もいるではないか。

 ここでわし達がこの鹿を可愛がってやったらどうなると思う。所詮鹿は畜生じゃ。人間の見境はつくまい。弓矢を持っている人間にまですり寄っていくだろう。

そうなると、鹿はわざわざ殺されに行くようなもんではないか。

 鹿たちのことを本当に思うなら、人間というものはこんなにも恐ろしいものなんじゃと、鹿に教えてやることが一番大事なことであろう。

 人間の姿を見たらすぐ身を隠す。人声を耳にしたら一刻も早く逃げる。だとしたら殴ってでもそれを鹿たちに教える以外方法はあるまいが・・」

 この源信の言葉に弟子達は今更ながらその智慧の深さに頭が下がったそうです。

 以上の様な話でありますが、鹿たちにとって、食事をくれる弟子達はまさしく「優しく微笑む悪魔」だったのです。一方、青竹で叩く源信が実は「激しく叱口宅する菩薩」だったのです。

 ところで、私たちの「いのちの親」である阿弥陀さまは、私たちに向かって「愚かな者よ」と叱咤されます。

 それは「捨ててはおけない」というお心がそこにあるからです。

 その深いお心を頂戴すれば、阿弥陀さまこそ誰よりも私のことを心配しておられることに気付かされます。

 十河さんの軸の言葉を通して、改めて阿弥陀さまのお慈悲のありがたさを知らされたことでした。


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