「門徒もの知らず」 H19.2放送
 皆さんは、「門徒もの知らず」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 門徒とは浄土真宗の在家の信者のことを言いますが、言葉通りに解釈すると、浄土真宗の信者はものを知らない、つまり世間の常識を知らないということになります。

 事実、そのような意味に使われていたようですが、この言葉は元々、「門徒物忌み知らず」と言われていたものが略されて、「門徒もの知らず」になったと言われています。

 「ものを知らない」というのではなく「物忌みを知らない」ということです。

 「物忌み」というのはバチやタタリを畏れ、それを避けることを言いますが、これが実は浄土真宗の教えから言えば、全くの迷信・俗信なのです。

 つまり、「門徒物忌み知らず」とは、迷信俗信にとらわれない浄土真宗の門徒の生き方を示した言葉だったのです。

 江戸時代の儒学者、太宰春台が「浄土真宗の門徒は弥陀一仏を信ずること専らにして、いかなることありても祈祷などすることなく、病苦ありても呪術、お守りをもちいず。みなこれ親鸞氏の力なり」と、語っているように、その門徒の暮らしぶりは、古くから大変驚きの目で見られておりました。

 ここで、「物忌み」と言われるものをいくつか紹介してみましょう。

 まず、「大安」「仏滅」「友引」といった、日の良し要しをいう、「六曜」というものがあります。
 結婚式は仏滅にしない、大安にする。
 友引には葬式は出さないといったことです。
 なぜ、友引に葬式をしないのかというと、死んだ人が親しい友を引っ張っていくからというのです。
 これは友引という字が、「友を引く」と書きますから、そのように解釈したのでしょうが、全く根拠のない迷信です。

 或いは、ほとんどの結婚式が「大安」を選んで行なわれますが、必ずしもすべての夫婦が幸せになっているとは限りません。ちなみに、昨年離婚した夫婦は三十万組もあります。

 この六曜は中国の占いから生まれたものですが、今ではその本家本元の中国でも無意味なものとして使われていないという、とんでもない代物なのです。

 少し考えればすぐに分かることですが、日に良し悪しなどあるわけがないのです。

 私にとって、今日という一日は後にも先にもない、たった一度きりの一目です。
 大事なことは、かけがえのないこの「いのち」を精一杯輝かせて生きていく、そんな一日にしていくことです。
 まさに「日日是好日」なのです。

 また、物忌みには語呂合わせによるものがあります。
 病院や、ホテル、マンションに4号室や9号室がないのを見かけたことがあると思いますが、これは言うまでもなく数字の「4」は死を連想し、「9」は苦を連想することからきた物忌みです。

 また、四十九日が三ヶ月にまたがる場合、それを嫌って法事の日程を早めるということをよくしますが、これは、「四十九日」を「始終苦しみ」と読んで、「三月」を「身につく」と読み、合わせて、「始終苦しみが身につく」という語呂合わせから来ています。
 つまり、四十九日が三ケ月にまたがると、自分たちに「始終苦しみが身につく」からしない方がいいということなのです。これもまたお粗末な俗信です。

 中陰は亡き方を偲び、また悲しみを癒す期間であると同時に、この私が仏法に出遭うためのご縁にしていくことが大事なのです。

 特に、葬儀ともなると、「物忌み」のオンパレードです。
 一膳飯に箸を立てる。遺体の上に魔よけの刀を置く。出棺時にお茶碗を割る。お棺をぐるぐる回す。清め塩を使う。 火葬場への行きと帰りの道を変える。
 まだまだありますが、これらはすべて、死者を穢れと見て、バチやタタリを畏れることから生まれた習俗です。
 無知とはいえ、亡き方にこの上もない失礼なことをしているのです。
 物忌みは、これ以外にも、方角の吉凶、家相、手相、墓相、占い、まじない、厄払い等々、数え上げればキリがありませんが、すべて迷信俗信のたぐいです。

 親鸞聖人は、こうした迷信俗信に惑わされている人々を悲しまれ、すでに800年の昔に、 

  悲しきかなや道俗の
  良時・吉日えらばしめ
  天神地祇をあがめつつ
  卜占祭祀つとめとす

というご和讃を作られています。

 意訳すれば、「悲しいことに、今時の僧侶や民衆は、何をするにも日の良し悪しを気にしてみたり、また天の神、地の神を奉り、占いやまじないなどの迷信にかかり果てている」ということです。
 このご和讃に説かれていることが、科学の発達した今日でも全く違和感なく受け入れられるところに、人間の根元的な迷いは昔も今も変わらないということを、私たちに教えてくれています。

 お念仏のみ教えは、昔も今もこれからも、私たちの心を照らし続けてくれるものだと思います。

 浄土真宗の門徒に限らず、人間すべからくこの真実なる教えに出遭い、根拠のない迷信や俗信に惑わされたり不安になる必要のない人生を歩んでもらいたいと思います。

 それが、いただいたこの「いのち」を本当に活かしきる唯一つの道だからであります。


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